母は大腸がんが見つかってからすぐに手術をし、
その2年後に肺転移が見つかって放射線治療を受け、
その後5年間の闘病生活の末、2012年11月22日に他界しました。
母が他界して、今日でちょうど7年。
やっと最近、
母が夢に出てきても、泣かないようになりました。
母は、いつも予告なく夢にふらっと出てきて、
とりとめのない話をして、
ふっと消えてしまうから。
夢から覚めたとき、枕が涙でぬれていて。
あ、泣いていたんだ。 と気がついて。
そんな日は、朝から瞼がぱんぱんに腫れて大変でした。
(朝から、ほんとに大変でした・・・)
それが、やっと、
七回忌を終えたぐらいから、夢を見ても泣かないようになりました。
母が他界したとき。
わたしは、
母が他界した、という事実を感じながら
いつもとはちがう動揺した父を
医療従事者として支えていたから
母の娘として、
ただただ純粋に母の死と向き合うことができたのは
母の死から1か月ほど経ったころでした。
夜中にお風呂でシャワーを浴びながら
「・・・そうか。お母さん、もう、いないんだ」 と思って。
急にしゃくりあげながら
声をあげて、しばらく泣きました。
わたしは、実家には住んでいなかったから、
母とはいつも会っているわけではなくて。
母がもういないということを信じないでいようと思えば、
すこしの間はそれで済んだのだけれど。
それだけでなく離れて暮らしていたから
最終的に母の死に目に会えなくて。
それもあって、母の死を実感として受け止めるのに
時間がかかったのかもしれません。
お母さん、
お盆に実家へ帰ったときに
お盆用のお膳を作ったけれど。
何年作っても、やっぱり
お母さんみたいにはできないよ。
もっとお母さんに、
お料理の仕方を習っておけばよかったな。
でも、それより、お母さんの作った手羽先を、
もう一度、食べたいな。
「おかえり。手羽先、あるよ」 って。
「ただいま。食べる!食べる!」 って。
わたしが実家に帰るときには必ず作って待っていてくれた
あの手羽先を。
あぁ。
手羽先の味を思い出しながら、
お母さんの「おかえり」の声を思い出して・・・。
何とも言えない気持ちになりました。
わたしたちの「家族」というチームから、
お母さんは7年前に卒業したけれど
お母さんは天国から、
わたしたちをいつも見守ってくれているよね。
いくつになっても、お母さんの前では、
いつまでも、わたしはこどものままで。
そして、わたしは、
お母さんのこどもだったということを、うれしく思うよ。
いつもありがとう。お母さん。
そして・・・。
実はわたしは
母が他界してから
いろいろな仕事のペースが遅くなっている自分に
気が付いています。
思っていても動けなかったり
これまでなら難なくできていたことに
思ったよりも時間がかかってしまって。
今日でちょうど7年。
これまでの思い出は大切にしながら。
すこしずつ
本来の自分を取り戻そうと
そう誓う
2019年11月22日にします。


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